2009年09月08日

博物館の進化

ヨーロッパの博物館・美術館にはバロック期のヴンダーカンマー(驚異の部屋)に発祥するものが多い。ヴンダーカンマーとは、世界中の珍しい事物(異国の工芸品や一角鯨の角、珍しい貝殻、等々)を、種類や分野を問わず一部屋に集めたものである。ルネサンス期からバロック期にかけて王侯や富裕な市民は珍しいものの収集に熱を入れた。この「珍しい」収集の中には貴重な絵画彫刻も含まれた。教会以外の場で大規模な美術品の公開展示が行われたのはルネサンス期のフィレンツェである。メディチ家のコレクションが邸内の回廊(ガレリア)で行われた。祝祭日に王侯がコレクションを閲覧することはその後も各地で行われたが、通年公開されることはなかった。フランスでは王立絵画彫刻アカデミーがルーヴル宮殿の一室「サロン・カレ」で会員の作品を行い、ディドロが書いたその批評はフランス内外で広く読まれた。

それまで博物館の閲覧は学者を含め富裕層に限定されてきたが、フランス革命を契機として、はじめて一般に公開された常設の博物館として「国立自然史博物館」がパリに設置された。

1925年、ミュンヘンにオープンしたドイツ博物館は、これまでの閲覧中心の展示から、体験型展示を全面的に導入し、現代の科学博物館の展示様式のさきがけとなった。一部の博物館、特にイタリアには、コレクションの性質や規模に応じて紹介、事前予約を要するものがある。

アメリカ合衆国では博物館の教育性、公共性が強調され、公開のものが多く、スミソニアン博物館のように定額の入場料を定めないところもある。

博物館のようにさまざまな物品を展示する施設としては、近代以前から社寺の宝物殿や絵馬殿があった。また江戸時代には本草家たちが博覧会のようなことも行なっていた。ウィーン万国博覧会への出品準備として1872年(明治5年)に開かれた湯島聖堂博覧会(文部省博物館)の出品物をもとに東京国立博物館が日本ではじめての近代的な博物館として設立された。

資料館、美術館、文学館、歴史館、科学館、水族館、動物園、植物園などの施設は日本語では博物館の名を持たないが、いずれも世界標準からは博物館そのもの、あるいは博物館に準じる施設(生きている生物を主に扱う施設の場合)であり、後述する日本の法制上でも、条件を満たして登録措置を受ければ、博物館法上の博物館、あるいはそれに準じた博物館相当施設として扱われる。こうした法制上の扱いを度外視し、名称上博物館を名乗らないが実質的に博物館そのものである施設を数え上げれば、3000から4000の博物館が日本に存在するといわれる。

近年では、マンガ・アニメミュージアムが全国に続々オープンし、現時点で60施設ほど存在しているとされる。

『ウィキペディア(Wikipedia)』引用

マンガ・アニメミュージアムに一度行ってみたいです。

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2008年06月12日

動画っていつごろからですかね?

今はネットで動画は主流ですね!

動画(どうが)とは、動いている画像。なお、動かない画像は、単に画像と呼ばれるか、動画と特に区別する必要がある場合、静止画と呼ばれる。 多数の(時系列を細かく分割した)画像を高速に切り替え続けると、人間の視覚にはそれが連続的に見える、と言う特性を利用したものである。

(単に絵を何枚も連続で見せる「スライドショー」「紙芝居」とは異なることに注意。絵そのものを移動させるのでは無い。絵の一部が動いているかのように見えることが重要。)

時間軸が存在するという点で絵画や写真(静止画)等とは異なるメディアであり、狭義には「動く画」そのものを、広義には動画そのものに加え、その時間軸に同期させた音声・音楽と共に提供されるメディアパッケージそのものをまとめて指す場合もある。

動画と言う言葉は元々映像作家である政岡憲三がセルアニメーション(アニメ)の訳語として提唱したものが最初とされているが、今日においてはセルアニメーション、3DCG等と言った技法とは無関係に、上記のような性質を持ったメディアそのものを指す言葉としての用法が多い。

ちなみに、"movie"と言う英単語は一般には「映画」と訳されるが、英語圏においては本項における「動画」のような意味合いで用いられる場合もある(例:movie file→動画ファイル、など)

動画の祖
19世紀から末にかけて、ゾイトロープ(1830年ごろ)、フェナキスティスコープ(1833年ごろ)、プラキノスコープ(1872年ごろ)など、残像現象を利用した「動く絵」を見せる為の道具は既に存在していた。 それぞれの構造は若干異なるが、基本的には紙の上に連続的に描かれた絵をスリットを通じて覗く事で絵が動いているように見えると言うものであった。

簡素な構造ではあったが、現代の動画と同じく残像を利用して人間の視覚上に「動き」を再現していると言う点で、動画の祖と呼べるものである。

映画の発明
動画が(メディアとして)扱えるようになったのは1890年代とされる。

1891年、アメリカの有名な発明家、トーマス・エジソンによるキネストスコープ(kinestoscope)の特許取得。 これは、一定速度でフィルムを送り出す機構とそのフィルムの絵を投影する為の光源で構成されており、現在の映写機によく似た機械であったが、現在の映画のようにスクリーンに投影する能力は無かった。

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ほぼ時を同じくし、1895年、フランスの発明家オーギュストとルイのリュミエール兄弟がシネマトグラフの特許を取得。 これは、キネストスコープとは異なり、スクリーンへの映像の投影が可能であった。

キネストスコープ、そしてシネマトグラフの開発によって、それまで静止画によってしか撮影出来なかった風景や人物を動画として撮影出来るようになり、時間の流れや人物の仕草の変化などを、連続的かつ容易に、そしてより自然な形で記録・再生する事が出来るようになった。 ただし、当時の撮影機はあくまで視覚情報のみを記録するものであり、また現像技術の制限から、撮影・再生される映像はモノクロであった。現在のように色付きの映像を扱ったり、音声や音楽を付随させる事が出来るようになるのはもう少し後の時代になってからである。
(以上、ウィキペディアより引用)

動画ってすごいですよね!

2008年04月03日

憲法制定権力

憲法制定権力!

憲法制定権力(けんぽうせいていけんりょく、英 constituent power、仏 pouvoir constituant、独 verfassungsgebende Gewalt)とは、憲法を制定し、憲法上の諸機関に権限を付与する権力を指す。制憲権(せいけんけん)とも言う。

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歴史
近代市民革命当時に、憲法制定の論拠として説かれたのがこの概念の始まりである。エマニュエル=ジョゼフ・シエイエスがフランス革命の際に著書『第三勢力とは何か』で著したのが代表的な見解である。この考え方は、現代においては憲法改正の限界を基礎付けることともなった。

概要
憲法が国家による不当な諸権利の制限から国民を保護するものであるとする法の支配の考え方からすれば、国家が憲法制定能力を有することは、泥棒に自らを縛る縄をなわせるのと同じことであるから、立法府のような国家機関がこの能力を持つことには矛盾が付きまとう。

そのため、歴史的には、アメリカのマサチューセッツ憲法の制定過程でコンコードという町が表明した「コンコード回答」のように、憲法案を審議するため、通常の立法機関とは異なる特別の制定会議を招集し、さらに憲法案が人民による十分な討議にゆだねることによって憲法は制定されるべきとされる。立法権・行政権・司法権は、各々憲法によって創り出された国家作用であり、憲法を自身を創り出す憲法制定能力とは当然に区別される。

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さらに、憲法改正権についても、憲法制定能力によって創設された権利であるから、憲法の定めた形式的手続きに従っていたとしても、憲法制定能力を否定するような根幹的部分にむけた憲法改正権の発動はできないとの考え方がある。
(以上、ウィキペディアより引用)

すごい!!